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2号館展示室
人々の暮らしとはきもの
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労働とはきもの
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われわれの祖先は、はきものを「フット・ギアー―足につける道具―」として、さまざまな労働の能率をあげるための工夫をこらしてきた。農耕・漁撈“ぎょろ
う”・狩猟などにおいて、耕作を容易にし、冷たい水の中での作業を助けるなど、機能性にあふれた多くのはきものがみられる。
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わが国は、古くから稲作を中心とした農業をいとなんできた。静岡市の登呂遺跡などの弥生時代の遺跡からは、すでに大足やナンバなどの田下駄が出土しており、それらは昭和にいたるまで用いられている。
また、野菜や果物などを栽培する畑作でも、地域色豊かな工夫がみられた。
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【田のはきもの】
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●オオアシ(枠大型田下駄)
枠を組んで足をのせる板を付けたオオアシ(大足)は、田植え前に、肥料の草や小枝を踏み込み田面をならす、代踏みに用いられることが多かった。これは広島県高野町のものである。
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●ダイカンジキ(台付き田下駄)
新潟県黒埼町では、信濃川の増水による水害を受けることが多く、冠水した田の稲刈りをするために、台を付けて高くした田下駄を工夫していた。底には沈まないように4本の細い板が付けてある。
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●ナンバ(板型田下駄)
横長の板にあけた穴に縄紐を通して、足に結び付けて、深田の稲刈りに用いられた。これは静岡市登呂遺跡の出土品のレプリカである。
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【畑のはきもの】
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●株きり下駄
秋田県東成瀬村のもので下駄の裏に鉄製の刃物がつけてある。これで稲刈りが終わった田を歩いて、絡み合った古い切り株の根を切った。こうして、春の田起こ
しに備えたのであるが、大変な重労働で鼻緒だけでなく長い縄紐でしっかり足に結び付けて使用された。
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●ボクリ(踏鋤下駄)
粘土質のかたい地面の畑を耕す踏鋤を踏む時、足裏を痛めないように、踏む方の足につけた。神奈川県三浦半島で昭和25年頃まで使用された。
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海にかこまれた河川の豊かなわが国では、漁業や海苔養殖など、水辺での労働も多かった。
水でぬれた舟の中で足を踏みしめて作業する、水中で足を冷やさないようにする、また背丈を補うなどの工夫をしたはきものがみられた。
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●ナンバオケ(足桶)
野菜洗いや芹摘みなど、寒さの厳しい時の水中の仕事に用いられた。これは、滋賀県琵琶湖岸で肥料のヘドロすくいに履かれたもので、底裏に歯を付けて泥離れをよくしてある。
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●タチコミ(海苔下駄)
海苔養殖場で、胸まで海水に浸ってひび立てをする時に使用された。これは東京湾で使用されたもので、高さ2メートル近いものもあった。
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東北地方や北海道は世界でも有数の豪雪地帯である。雪国の人々の、すばらしいアイデアを生かしたはきものがみられる。水に強く保湿性に富む稲わらで編んだ多種類のわら沓(くつ)や雪にそなえた工夫をした雪下駄のほか、雪踏みや山行きのためのはきものもみられる。
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●かんじき
雪に埋まったり凍った雪で滑ったりしないために用いる。竹や小枝を曲げた輪型のものや、竹片などを並べて縄で結んだすだれ編み型のものなどがある。輪型のものには、輪が1本の単輪型、2本の複輪型がある。
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●タケカンジキ(大型かんじき)
山間部などの豪雪地帯では、雪踏みに大型のかんじきが用いられた。これは、富山県利賀村のもので、長さ120センチもあり、明治時代から昭和40年代まで使用された。
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●フミダラ(雪踏み俵)
稲わらや蒲を編んだ俵で、新雪を踏んで道をつけるのに用いられた。底に下駄などを付けたものもある。これは秋田県平鹿町のもので、底にわら沓が付けてある。
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かつては、町や村には、さまざまな生活用品を作ることを専門とした職人が、必ずといっていいほどいた。彼らも、また、それぞれの作業に応じて、はきものに工夫をこらしている。良い品を能率よく作ろうという努力が、はきものを通してもみられる。
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●トコゲタ(和綱生産の床下駄)
島根県の和綱“タタラ”をつくる高殿(製鉄小屋)の熱い床で火傷しないために使用された。杉やヒノキの厚板の裏を彫ってあり、安定のよいつくりになっている。
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●チャッキリゲタ(茶切り下駄)
奈良県北東地域の大和茶の産地で使用されたもので、歯先をとがらせた樫の三枚歯の高下駄。これで乾いた茶の葉を細かく刻み、茶臼でひいて抹茶を作った。
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