「進化するスポーツシューズ」 その1
ここで紹介するのは、戦後から1960年のローマオリンピックまでのシューズ。甲(アッパー)の素材が綿や革などの天然素材を用いていることが大きな特徴といえる。
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戦後(1953)のマラソン足袋。底はゴムがはられている。当時の日本人は、こういったゆび又のあるはきものでマラソンを走り抜いた。オニツカ(現アシックス)のマラソン足袋1号である。アシックス所蔵。 【昭和26年(1951)のボストンマラソンにマラソン足袋出場し、優勝したランナーがいます。広島出身の田中茂樹選手です。原爆投下の広島から来たのでアトムボーイと注目を集めました。また、アメリカ人にはマラソン足袋が珍しい靴に見えたそうです。そのマラソン足袋は当館3号館に展示しています。】 |
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右は1954年の「マラップシューズ」。外国選手の来日がきっかけとなり、足袋ではない形状のシューズが作られた。中敷きには軟質スポンジ、底にはゴムが用いられる。アシックス所蔵。 左は1956年の「駅伝マラップシューズ」。軽さと足入れの良さなどから、全国高校駅伝大会では選手の60パーセントが使用していた。アシックス所蔵。 |
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1959年の「マジックランナー」。足にできるマメ対策に工夫がある。足を着地させることによって、爪先や側部の孔より靴内部の熱せられた空気が排出され、新鮮な空気を取り入れるエアーベントシステムが初めて取り入れられたシューズ。アシックス所蔵。 【メキシコオリンピック銀メダリストの君原健二選手はこのシューズをとても気に入っていました。新しいシューズが作られても、このマジックランナーを履き続けた一人です。君原選手のシューズは当館3号館で展示中】 |
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1960年のローマオリンピック日本選手団専用シューズ。女子用。甲(アッパー)は革製。男子用は緑色。ラインは日の丸を表している。現在のようにオリンピックが商業化されていなかった当時、このシューズ市販されることはなかった。 |