海苔養殖と下駄
日本人は昔から海苔が好きだったようです。最初の辞書という『和名抄』(10世紀)にも「阿麻乃里」「無良佐木乃里」と海苔が載っています。ただ、この頃には、自然の恵みそのままの岩海苔だったようです。
人工的な栽培が始まるのは江戸時代で、18世紀前半にはヒビを建てた養殖が行われていました。海中に置かれた木の柵などに自然に海苔が付くことから考案されたといいます。
ヒビというのは、胞 子を付着させて繁殖させるもので、初めは木の枝を使ったので、地方によってはソダ(粗朶)ともいいます。その後、葉の多い孟宗竹になり、養殖場も沖合に広がっていって、東京大森 ではヒビ建てにタチコミと呼ばれた下駄が用いられるようになりました。海の深さに合わせて背丈を補った「脚立」ですね。この下駄は1尺(約30センチ)から6尺までの高さがあり、浮かないよう潮にながされな いように大きな石が付けられています。それを舟で運んで行くのです。
その後、日本各地に伝播していき、鉄を使った下駄も作られるようになっていきます。


タチコミ
:東京都大田区。高さ152センチで、重さ4貫目(約15キロ)の石を付ける

ヒビ建ての様子(昭和10年代)海の深さとタチコミの高さ    
<写真はともに大田区立郷土博物館所蔵>
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