| 雛道具の歴史 |
| 雛祭りが行われるようになった江戸初期の雛飾りは、三方・銚子・盃など節
句の供物を飾る簡素なものでした。 江戸中期になると婚礼に雛人形を持参したり、女児の初節句を祝う風習も生まれ、大名家では婚礼調 度と同型の精巧な雛道具が製作されたり、一般でも節句の贈答に用いる行器・駕籠・膳・重箱などが雛道具に加えられた。 雛祭りが浸透 し、一般でも盛んに行われるようになった江戸後期には、官女・五人囃子・随身・仕丁などの人形や上流階級の婚礼調度が雛道具に取り入れられ、現在の段飾り の原型が出来上がった。 当時の雛道具は、黒塗りに牡丹唐草模様の蒔絵が施されたものが一般的であった。また、雛人形と雛道具がセッ トで販売されるようになるのは大正末期以降のことであり、それ以前は雛市などで年々買い足した。 |
| 雛道具の産地 |
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雛道具の産地として知られる静岡市では、現在全国の90パーセントを生産している。静岡での雛道具生産の始まりは、江戸時代久能山東照宮や浅間
神社の造営の際に全国から集められた職人の技術が駿河に定着し、指物・挽物・漆・蒔絵などの技術を生かした漆器・家具などの漆塗手工業が発達したことから
といわれている。 明治時代には、日清戦争後の不況を契機に、一部の漆器職人が雛道具に転向したことで本格的な生産が始まった。大正 時代には東京の人形問屋と連携して売り出し、全国一の産地としての地位を築いた。 雛道具の製作は、指物・挽物・塗り・蒔絵・飾金具 などの専門職人(五職)による分業制で、本物の家具と同様の工程で製作される。 材料はホオノキ(朴)・ヒノキ(桧)などの天然木材 の他、昭和30年代からはプラスチック素材も取り入れている。種類は約40種が生産されている。 |