流行していた玩具とは

どんな玩具が好きだったか

玩具といえば、幼少期の頃に遊ぶものを想像する人が多いはず。赤ん坊のころ、幼児期を経て、思春期を超えて青年期に突入してからは、玩具を卒業するといった流れが一般的だと見られていた。それは今でも変わりない、良い年をして子供が遊ぶものを嗜んでいるなんて、といった感じで蔑んだ感じで見られる人もいるでしょう。しかしながら、肝心の玩具を作り出しているのは大人であって、そういう大人たちはいまだ玩具を愛し続けているからこそ企画・生産という一連の業績を築き上げているのだ。

言ってしまえばこうした業界も、好きな人たちがヒット作を創りだすために好きなモノを創り出しているため、一概に『玩具は子供で卒業するもの』といった位置づけは中々出来ない。それは現代において特にいえることで、当たり前のように大人がゲームをするのが普通になっていた。といっても、大人のしているソシャゲは学生や子供がするには高すぎる遊びなので、それはそれで1つの問題として見られています。

ここではそうしたドロドロの欲望渦巻く話ではなくて、純粋な玩具について話をしていきたい限りだ。例えば小さい頃は親が買ってきてくれた玩具を使って遊んでいたという、そういうレベルのものです。自身の子供時代を思い出して、どんな玩具で遊んでいたのかと記憶を掘り起こして懐かしむ人も多いはずだ。筆者もその1人だ、とは言いがたい。なぜなら筆者の両親、特に父親がかなりの昔気質な考え方を持っていた人で、ゲームやら玩具やらに強い抵抗感を示す人だった。そのため、そんなもの買い与える暇があるならとばかりにあちこち連れ回されて、アクティブな遊びを勧められたものです。

それはそれで楽しかったが、周囲の子供が玩具で遊んでいる姿を見るたびに欲しいと言っても買ってもらえず、いずれ役立つからといって名所観光にも連れて行かれたものだ。今にしてみれば貴重な経験ですが、子供の時分では玩具を買ってもらえないことを辛いと感じていたものです。

ただこの頃を思うと筆者が想像した玩具と、父が毛嫌いしていた玩具は違っていたのかもしれない。玩具について語るにしても、その歴史は古く、また時代によって人気を博したものも違っているからだ。自身が子供の頃流行った玩具についてはある程度知っていたが、それ以前の人たちが好んでいた玩具については知っていることも少ない。そんな玩具の移り変わりについて、見てみよう。

1950年代ごろから考えて

玩具の流行、そう呼べる時代が訪れたのは1950年代からだ。それ以前になると情勢も不安定であり、特に1940年代は激動とも言える大戦期だったこともあって玩具の流行どころか、食料の流布すらままならない緊迫した状況だった。終戦を迎えた後、やっと日本が落ち着きを取り戻し始めた中で、これまでにない生活を手にする人が徐々に増えていきました。玩具で遊ぶという考え方を持てるまでに日本 人の心が回復していたことを意味する中で、当時何が流行ったのでしょう。

当時流行りだった玩具

クラックボール
1952年に登場した、花火の一種である『クラックボール』。現在も少数ながら流通していて、中には遊んだことがあるという人もいるでしょう。遊び方としては火薬を中に仕込ませた彩色溢れる玉を叩きつける、あるいは踏んだりすることで大きな音を鳴らして遊ぶものだ。他にはないかと聞かれると思う、大きな音を立てて遊ぶ道具なのでどちらかと言えば悪戯道具に近い。
セダン型自動車
最初に言っておくと、本物の車ではなく、ブリキで出来た電動式の小型自動車だ。ブリキ製の玩具を多く生産している日本アルプス玩具が最初に作った物で、電動玩具としては全ての原点であり、当時の子どもたちを熱中させた玩具となっています。
ミルク飲み人形
発売された当初、多くの人が列を形成してまで手に入れようとした玩具がある。『ミルク飲み人形』と呼ばれるもので、口から哺乳瓶を使って水を飲ませるとおしりから水が出てくるという、かなりシュールな人形が人気だった。おままごとに最適な人形で、着せ替え用の洋服も発売されたことから女児へのプレゼントとして重宝されたという。
ホッピング
取っ手と足場のついた棒の底面がバネで弾むように細工された道具を用いて遊ぶ『ホッピング』もこの頃から人気を博した。当時は大人から子供まで楽しく遊ぶものとして話題を集めたが、こうした遊びは古代の日本から高足という芸を用いて行われていたほど、実は親しみ深い。
しかしいつしか、『ホッピングをしていたら胃下垂になる』といったあらぬデマが広がったことからブームは沈静化・廃れてしまったという。
野球盤
ボード上で本物の野球を楽しむようにして製作された『野球盤』が誕生したのは1958年のこと。プレイヤーは攻守逆転してそれぞれ勝ちを目指していく。1958年に第一弾として発売された後は、盤面上であっても複雑な変化球などが打てるまでに改良されていった。当時は非常に高価で、購入出来る世帯数は多くなかったという。
フラフープ
50年代に大流行した玩具といえば、アメリカでヒットしたことを受けて日本にも輸入された『フラフープ』が挙げられます。日本でも発売当初から爆発的なヒットとなり、大人から子供まで楽しく運動ができる競技とまで見られていった。一大ブームとまで言われた時代もあったことから、今でも楽しく遊べる道具として認知されています。
国産ミニチュア・カー
愛好家が広く存在している事でも有名なミニチュア・カーが流行を始めたのは1959年のことからだ。日本の自動車文化はまだまだ発展途上の段階にあるも、国産の自動車が良いという人も多く存在した。その影響から、1959年には日本で製造された自動車をモデルにしたミニチュア・カーが発売されます。

玩具流行の原点として

1950年代に発売されて流行した玩具を見ると、現在でも親しまれているような玩具の原型が多々見られます。ミニチュア・カーにしても人形にしても、昔から男児や女児に愛される、親しまれる玩具は変わらないようだ。一つ疑問に思うとするなら、クラッカーボールを一体どのような使い方で遊び道具としていたのか、これが気になるところ。どうにも悪戯的な利用をしていたケースしか想像できないが、悪意あっての玩具発売などはさすがにするはずもないでしょう。もしかしたら前衛的な遊びがあったのかもしれない、としておく。